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僕の友人が大学の運動部の監督をしています。彼が用事でグラウンドに出られないときに、部員がこう訊きに来たそうです。
「何やっとけばいいんですか?」
彼はその問いにつよい違和感を覚えました。
当然だと思います。これは「何をすべきか」を訊ねる価値中立的な問いではないからです。そのように装っていますが、実際に訊いているのは、「それだけしておけばよい最低ライン」なのです。「あなたから文句を言われないミニマムを開示してください」学生たちはそう言っているのです。
これも友人の医学部の先生から聴いた話です。授業の後に廊下を追って質問に来る学生がいました。教科の内容について訊かれるのかと思って振り返ったら、「これ国試に出ますか?」と訊かれた。
この二つは同じ質問です。
学生たちは当然の質問をしているつもりですが、彼らが訊いているのは「ミニマム」なのです。その商品を手に入れるための最低金額の開示を求めている。
だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者が出現してくるのです。
彼らは最低の学習努力で、労働市場で高値のつく学位記を手に入れたおのれの「力業」に対する人々の賞賛を期待して、そう言っているのです。
ですから、就職についても、彼らは同じ原則を適用します。
「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。
そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。
でも、「その仕事を通じて成長して、別人になる」ことを求めない人のためのキャリアパスは存在しません。

歯科医によると、世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいるそうです。
合う人は作ってもらった入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるわけではありません。自分の本来の歯があった時の感覚が「自然」で、それと違う状態は全部「不自然」だから嫌だという人は、何度やっても合わない。それに対して「歯がなくなった」という現実を涼しく受け入れた人は「入れ歯」という新しい状況にも自然に適応できる。多少の違和感は許容範囲。あとは自分で工夫して合わせればいい。
この話を僕は合気道の師匠である多田宏先生から伺いました。「合気道家は入れ歯が合うようじゃなくちゃいかん」と言って先生は笑っておられました。
武道というのは与えられた環境でベストパフォーマンスを達成するための心身の工夫のことです。戦場に投じられた時に、「こんな戦力じゃ戦えない。やり直せ」と要求することはできません。手持ちの資源をやり繰りして、何とかするしかない。
結婚も就職も、ある意味では「入れ歯」と同じです。
自分自身は少しも変わらず自分のままでいて、それにぴったり合う「理想の配偶者」や「理想の職業」との出会いを待ち望んでいる人は、たぶん永遠に「ぴったりくるもの」に出会うことができないでしょう。
「どんな相手と結婚しても、そこそこ幸福になれる人」は「理想の配偶者以外は受け付けられない人」より市民的成熟度が高いと僕は思います。
親族というのが「それが絶えたら共同体が立ち行かないもの」である以上、 「大人」とはそういうものでなければ困る。
仕事だってそうです。
「どんな職業についても、そこそこ能力を発揮できて、そこそこ楽しそうな人」こそが成熟した働き手であり、キャリア教育はその育成をこそ目指すべきだと僕は思っています。
自分にどんな能力があるかなんて、実際に仕事をしてみなくちゃわからない。分かった時にはもうけっこうその道の専門家になっていて、今さら「別の仕事に就いていたら、ずっと能力が発揮できたのに…」というような仮定の話はする気もなくなっている、というものではないでしょうか。

僕ももう32でおっさんなので年長者ぶって若い人に言いたいことがあるとすれば「無理をしない」「悪い場所からは早めに逃げろ」ってことかなあ。物事がうまくいかないのは自分の努力が足りないからじゃなくて、その場所が自分に合ってないからかもしれない、っていうのを検討してみてもいいかもしれない。大体僕は努力をしたりつらい思いをして頑張って何かを成し遂げるってのをあまり信じていない。何か偉大なことをやってる人って、大体の場合、歯を食いしばって頑張ってるんじゃなくて、楽しそうにそれをやっているものだから。僕が京大に合格したときだって、友達もいないしすることがないから受験勉強をゲーム感覚で楽しんでやってたら受かったって感じだし。僕の組んだプログラムで好評を博したものも、別に頑張った意識はなくてただただ一人で楽しんで作っていただけだし。うまくいかないとか合わないと思ったら逃げるのも大事。自分の「これは嫌だ」って感覚や直感を押し殺さないようにしよう。嫌なことに関しては精神より身体のほうが敏感なことも多いので、身体感覚に気をつけるのもいいと思う。例えば体を壊すというのは体からの貴重なシグナルなので、しょっちゅう体調を崩しているときは自分の何かを見直してみるべき。

世間のルールに背を向けろ - phaのニート日記 (via yot040)

「悪い場所からは早めに逃げろ」

(via neetria)

(via hgchknsk)

すごく主観的な意見を言えば、恥をかける人ってのはすごくかっこいいと思ってて、恥をかくのは年を重ねれば重ねるほど恥ずかしいから、ついつい躊躇してしまうんだけど、少しでも早いうちに恥をかいておかないと、もっともっと恥ずかしい思いをする可能性が高くなるから、思い立ったら恥をかくべきだと思う。 @goryugo
大学の専攻は心理学だったんですが、「男の人にエロい写真と自転車の写真を交互に見せると、自転車で興奮するようになる」っていう実験がありました。何に応用するのかよく分からないし、自転車を見る度に興奮する変態にされた被験者がとても可哀想だと思いました。

受け入れるとは「好感を持って相手を受け入れる」ことではなく「ああ、あの人はそう考えるのだ」と、感情を交えずに受け止めることなのです。

例えば、人に暴力をふるう人がいたとしたら、その行為の善し悪しや好き嫌いはまず脇に置き、「この人は、人に暴力をふるいたい人なのだ」と受け止めること。受け入れるとはそういうことです。このプロセスで感情的になってはいけません。この点は誤解のないように注意して下さい。

昔ミュージシャンのスガシカオさんが「やりたいことが見つからないときはとりあえずお金を稼ぐといいと思う。そうしたら、やりたいことが見つかったときに”でもお金がないからすぐにそこに飛び込めない”という状態を回避できる」と言ってたなああ。

スガさんは29歳ぐらいまで普通に会社員をやっていたのだけど、29歳の時に突然「そうだ、ミュージシャンになろう」と思い立って、それまで貯めた貯金で1年間家にこもってひたすら曲を作り続ける、という生活をしたらしい。

お金を稼ぐことだけが目的になってしまったらツマラナイけど、下手に自分探しとかしちゃうよりは、いずれ出会う自分にとってのチャンスに備えてとりあえず稼いどこう、という考え方はある意味正しいな、と思ってます(ので人に相談されたときもそうアドバイスしている)

自分が一生やりたい仕事のコメント欄から

http://yokichi.com/2011/09/post-321.html#comment-5649

会社でめっちゃ忙しいプロジェクトに巻き込まれている人の何人かと飲んだのですが、あ゛ー、それはいわゆるデフレスパイラルですよ、と思ってしまったり。いわゆるデス・マーチ系なプロジェクトにどんどん新人(といっても中途採用の人ですけど)が投入されるという、一番やってはいけないことをやってしまっているのですが、会社の中での泳ぎ方を知らない中途採用の人たちがこういうところに巻き込まれると、ホントに溺れそうになるのですよね;。

で、私が思わず言ってしまったのが、「仕事したら負けでしょう」、という話。
いや、別に仕事するのが悪いこと、みたいな意味じゃないのですが^^、ある上限値を超えて仕事をしてはいけない、という鉄則を守らなくちゃいけない、という話をしたのですね。

どういうことかというと、例えば毎日 8 時間仕事して、残業をさらに 6 時間したとします。それ自体はものすごく頑張ってるよね、という話になるのですが、こういう働き方をしたら負け、なのですよね。もし残業を 6 時間しようとするのであれば、むしろ残業は 4 時間にとどめて、残りの 2 時間は、勉強に充てるか、反省&戦略見直しに充てるべき、だと思うのですよ。

仕事のアウトプットというのは、簡単に言えば、(その人の生産性)×(仕事した時間)。仕事をした時間を増やせば確かに仕事量は増えるのですが、どんなに頑張ったところで一日は 24 時間以上には増えない。だから仕事の時間を単純に増やすだけではリニアにしか仕事量は伸びない。それ以上の仕事をしたい or しなければならない、と思ったときには、生産性の方を高めなくちゃいけないのですよね。

生産性の方はそうそう簡単に増えるものではなくて、地道にコツコツと勉強することによって徐々に培われていくものなのですが、ここを軽視していると、いつまでたっても仕事の総生産量は頭打ち。そのことをもっとはっきりと、強く意識して日々の仕事をこなす必要があると思うのですよね。

ところが社会人になると明確なテストとかがなくなるせいか、勉強に対しての貪欲さが失われる人が多い。むしろ社会人になってからの方が勉強しなくちゃいけないと思うのですが;、そういうことを常日頃から意識しておくことはものすごく重要。なので、仕事したら負けだと思う、のですね。

まあ、プロジェクトには波があるので、場合によっては残業時間を増やす必要がある場合もありますが、常時、残業時間ばっかり増やし続けるっていうのは最悪、みたいな意識を持っておくことは重要ですよねぇ。

仕事したら負けだと思う。 (via siuna, petapeta) (via jumitaka)

2010-04-19

(via gkojay)

(via hiyo)

「理解してくれる」を拠点にした好意になんの意味があるだろうか。

分かってくれるから好き。 分かってくれるという安易な依存に取りいっても、どうしようもない気がする。

分かってくれなくても、合い入れなくても好き。そんな好意だって、世の中にはいっぱいある。

Stay in or drop out? The entrepreneur’s education fiasco - TNW Entrepreneur

これは若い子たちに読んでほしいなぁと思った。高校卒業後の大学という選択肢について考えるきっかけになる

僕の友人が大学の運動部の監督をしています。彼が用事でグラウンドに出られないときに、部員がこう訊きに来たそうです。
「何やっとけばいいんですか?」
彼はその問いにつよい違和感を覚えました。
当然だと思います。これは「何をすべきか」を訊ねる価値中立的な問いではないからです。そのように装っていますが、実際に訊いているのは、「それだけしておけばよい最低ライン」なのです。「あなたから文句を言われないミニマムを開示してください」学生たちはそう言っているのです。
これも友人の医学部の先生から聴いた話です。授業の後に廊下を追って質問に来る学生がいました。教科の内容について訊かれるのかと思って振り返ったら、「これ国試に出ますか?」と訊かれた。
この二つは同じ質問です。
学生たちは当然の質問をしているつもりですが、彼らが訊いているのは「ミニマム」なのです。その商品を手に入れるための最低金額の開示を求めている。
だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者が出現してくるのです。
彼らは最低の学習努力で、労働市場で高値のつく学位記を手に入れたおのれの「力業」に対する人々の賞賛を期待して、そう言っているのです。
ですから、就職についても、彼らは同じ原則を適用します。
「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。
そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。
でも、「その仕事を通じて成長して、別人になる」ことを求めない人のためのキャリアパスは存在しません。

歯科医によると、世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいるそうです。
合う人は作ってもらった入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるわけではありません。自分の本来の歯があった時の感覚が「自然」で、それと違う状態は全部「不自然」だから嫌だという人は、何度やっても合わない。それに対して「歯がなくなった」という現実を涼しく受け入れた人は「入れ歯」という新しい状況にも自然に適応できる。多少の違和感は許容範囲。あとは自分で工夫して合わせればいい。
この話を僕は合気道の師匠である多田宏先生から伺いました。「合気道家は入れ歯が合うようじゃなくちゃいかん」と言って先生は笑っておられました。
武道というのは与えられた環境でベストパフォーマンスを達成するための心身の工夫のことです。戦場に投じられた時に、「こんな戦力じゃ戦えない。やり直せ」と要求することはできません。手持ちの資源をやり繰りして、何とかするしかない。
結婚も就職も、ある意味では「入れ歯」と同じです。
自分自身は少しも変わらず自分のままでいて、それにぴったり合う「理想の配偶者」や「理想の職業」との出会いを待ち望んでいる人は、たぶん永遠に「ぴったりくるもの」に出会うことができないでしょう。
「どんな相手と結婚しても、そこそこ幸福になれる人」は「理想の配偶者以外は受け付けられない人」より市民的成熟度が高いと僕は思います。
親族というのが「それが絶えたら共同体が立ち行かないもの」である以上、 「大人」とはそういうものでなければ困る。
仕事だってそうです。
「どんな職業についても、そこそこ能力を発揮できて、そこそこ楽しそうな人」こそが成熟した働き手であり、キャリア教育はその育成をこそ目指すべきだと僕は思っています。
自分にどんな能力があるかなんて、実際に仕事をしてみなくちゃわからない。分かった時にはもうけっこうその道の専門家になっていて、今さら「別の仕事に就いていたら、ずっと能力が発揮できたのに…」というような仮定の話はする気もなくなっている、というものではないでしょうか。

僕ももう32でおっさんなので年長者ぶって若い人に言いたいことがあるとすれば「無理をしない」「悪い場所からは早めに逃げろ」ってことかなあ。物事がうまくいかないのは自分の努力が足りないからじゃなくて、その場所が自分に合ってないからかもしれない、っていうのを検討してみてもいいかもしれない。大体僕は努力をしたりつらい思いをして頑張って何かを成し遂げるってのをあまり信じていない。何か偉大なことをやってる人って、大体の場合、歯を食いしばって頑張ってるんじゃなくて、楽しそうにそれをやっているものだから。僕が京大に合格したときだって、友達もいないしすることがないから受験勉強をゲーム感覚で楽しんでやってたら受かったって感じだし。僕の組んだプログラムで好評を博したものも、別に頑張った意識はなくてただただ一人で楽しんで作っていただけだし。うまくいかないとか合わないと思ったら逃げるのも大事。自分の「これは嫌だ」って感覚や直感を押し殺さないようにしよう。嫌なことに関しては精神より身体のほうが敏感なことも多いので、身体感覚に気をつけるのもいいと思う。例えば体を壊すというのは体からの貴重なシグナルなので、しょっちゅう体調を崩しているときは自分の何かを見直してみるべき。

世間のルールに背を向けろ - phaのニート日記 (via yot040)

「悪い場所からは早めに逃げろ」

(via neetria)

(via hgchknsk)

すごく主観的な意見を言えば、恥をかける人ってのはすごくかっこいいと思ってて、恥をかくのは年を重ねれば重ねるほど恥ずかしいから、ついつい躊躇してしまうんだけど、少しでも早いうちに恥をかいておかないと、もっともっと恥ずかしい思いをする可能性が高くなるから、思い立ったら恥をかくべきだと思う。 @goryugo
大学の専攻は心理学だったんですが、「男の人にエロい写真と自転車の写真を交互に見せると、自転車で興奮するようになる」っていう実験がありました。何に応用するのかよく分からないし、自転車を見る度に興奮する変態にされた被験者がとても可哀想だと思いました。

受け入れるとは「好感を持って相手を受け入れる」ことではなく「ああ、あの人はそう考えるのだ」と、感情を交えずに受け止めることなのです。

例えば、人に暴力をふるう人がいたとしたら、その行為の善し悪しや好き嫌いはまず脇に置き、「この人は、人に暴力をふるいたい人なのだ」と受け止めること。受け入れるとはそういうことです。このプロセスで感情的になってはいけません。この点は誤解のないように注意して下さい。

昔ミュージシャンのスガシカオさんが「やりたいことが見つからないときはとりあえずお金を稼ぐといいと思う。そうしたら、やりたいことが見つかったときに”でもお金がないからすぐにそこに飛び込めない”という状態を回避できる」と言ってたなああ。

スガさんは29歳ぐらいまで普通に会社員をやっていたのだけど、29歳の時に突然「そうだ、ミュージシャンになろう」と思い立って、それまで貯めた貯金で1年間家にこもってひたすら曲を作り続ける、という生活をしたらしい。

お金を稼ぐことだけが目的になってしまったらツマラナイけど、下手に自分探しとかしちゃうよりは、いずれ出会う自分にとってのチャンスに備えてとりあえず稼いどこう、という考え方はある意味正しいな、と思ってます(ので人に相談されたときもそうアドバイスしている)

自分が一生やりたい仕事のコメント欄から

http://yokichi.com/2011/09/post-321.html#comment-5649

会社でめっちゃ忙しいプロジェクトに巻き込まれている人の何人かと飲んだのですが、あ゛ー、それはいわゆるデフレスパイラルですよ、と思ってしまったり。いわゆるデス・マーチ系なプロジェクトにどんどん新人(といっても中途採用の人ですけど)が投入されるという、一番やってはいけないことをやってしまっているのですが、会社の中での泳ぎ方を知らない中途採用の人たちがこういうところに巻き込まれると、ホントに溺れそうになるのですよね;。

で、私が思わず言ってしまったのが、「仕事したら負けでしょう」、という話。
いや、別に仕事するのが悪いこと、みたいな意味じゃないのですが^^、ある上限値を超えて仕事をしてはいけない、という鉄則を守らなくちゃいけない、という話をしたのですね。

どういうことかというと、例えば毎日 8 時間仕事して、残業をさらに 6 時間したとします。それ自体はものすごく頑張ってるよね、という話になるのですが、こういう働き方をしたら負け、なのですよね。もし残業を 6 時間しようとするのであれば、むしろ残業は 4 時間にとどめて、残りの 2 時間は、勉強に充てるか、反省&戦略見直しに充てるべき、だと思うのですよ。

仕事のアウトプットというのは、簡単に言えば、(その人の生産性)×(仕事した時間)。仕事をした時間を増やせば確かに仕事量は増えるのですが、どんなに頑張ったところで一日は 24 時間以上には増えない。だから仕事の時間を単純に増やすだけではリニアにしか仕事量は伸びない。それ以上の仕事をしたい or しなければならない、と思ったときには、生産性の方を高めなくちゃいけないのですよね。

生産性の方はそうそう簡単に増えるものではなくて、地道にコツコツと勉強することによって徐々に培われていくものなのですが、ここを軽視していると、いつまでたっても仕事の総生産量は頭打ち。そのことをもっとはっきりと、強く意識して日々の仕事をこなす必要があると思うのですよね。

ところが社会人になると明確なテストとかがなくなるせいか、勉強に対しての貪欲さが失われる人が多い。むしろ社会人になってからの方が勉強しなくちゃいけないと思うのですが;、そういうことを常日頃から意識しておくことはものすごく重要。なので、仕事したら負けだと思う、のですね。

まあ、プロジェクトには波があるので、場合によっては残業時間を増やす必要がある場合もありますが、常時、残業時間ばっかり増やし続けるっていうのは最悪、みたいな意識を持っておくことは重要ですよねぇ。

仕事したら負けだと思う。 (via siuna, petapeta) (via jumitaka)

2010-04-19

(via gkojay)

(via hiyo)

「理解してくれる」を拠点にした好意になんの意味があるだろうか。

分かってくれるから好き。 分かってくれるという安易な依存に取りいっても、どうしようもない気がする。

分かってくれなくても、合い入れなくても好き。そんな好意だって、世の中にはいっぱいある。

Stay in or drop out? The entrepreneur’s education fiasco - TNW Entrepreneur

これは若い子たちに読んでほしいなぁと思った。高校卒業後の大学という選択肢について考えるきっかけになる

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僕の友人が大学の運動部の監督をしています。彼が用事でグラウンドに出られないときに、部員がこう訊きに来たそうです。
「何やっとけばいいんですか?」
彼はその問いにつよい違和感を覚えました。
当然だと思います。これは「何をすべきか」を訊ねる価値中立的な問いではないからです。そのように装っていますが、実際に訊いているのは、「それだけしておけばよい最低ライン」なのです。「あなたから文句を言われないミニマムを開示してください」学生たちはそう言っているのです。
これも友人の医学部の先生から聴いた話です。授業の後に廊下を追って質問に来る学生がいました。教科の内容について訊かれるのかと思って振り返ったら、「これ国試に出ますか?」と訊かれた。
この二つは同じ質問です。
学生たちは当然の質問をしているつもりですが、彼らが訊いているのは「ミニマム」なのです。その商品を手に入れるための最低金額の開示を求めている。
だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者が出現してくるのです。
彼らは最低の学習努力で、労働市場で高値のつく学位記を手に入れたおのれの「力業」に対する人々の賞賛を期待して、そう言っているのです。
ですから、就職についても、彼らは同じ原則を適用します。
「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。
そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。
でも、「その仕事を通じて成長して、別人になる」ことを求めない人のためのキャリアパスは存在しません。

歯科医によると、世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいるそうです。
合う人は作ってもらった入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるわけではありません。自分の本来の歯があった時の感覚が「自然」で、それと違う状態は全部「不自然」だから嫌だという人は、何度やっても合わない。それに対して「歯がなくなった」という現実を涼しく受け入れた人は「入れ歯」という新しい状況にも自然に適応できる。多少の違和感は許容範囲。あとは自分で工夫して合わせればいい。
この話を僕は合気道の師匠である多田宏先生から伺いました。「合気道家は入れ歯が合うようじゃなくちゃいかん」と言って先生は笑っておられました。
武道というのは与えられた環境でベストパフォーマンスを達成するための心身の工夫のことです。戦場に投じられた時に、「こんな戦力じゃ戦えない。やり直せ」と要求することはできません。手持ちの資源をやり繰りして、何とかするしかない。
結婚も就職も、ある意味では「入れ歯」と同じです。
自分自身は少しも変わらず自分のままでいて、それにぴったり合う「理想の配偶者」や「理想の職業」との出会いを待ち望んでいる人は、たぶん永遠に「ぴったりくるもの」に出会うことができないでしょう。
「どんな相手と結婚しても、そこそこ幸福になれる人」は「理想の配偶者以外は受け付けられない人」より市民的成熟度が高いと僕は思います。
親族というのが「それが絶えたら共同体が立ち行かないもの」である以上、 「大人」とはそういうものでなければ困る。
仕事だってそうです。
「どんな職業についても、そこそこ能力を発揮できて、そこそこ楽しそうな人」こそが成熟した働き手であり、キャリア教育はその育成をこそ目指すべきだと僕は思っています。
自分にどんな能力があるかなんて、実際に仕事をしてみなくちゃわからない。分かった時にはもうけっこうその道の専門家になっていて、今さら「別の仕事に就いていたら、ずっと能力が発揮できたのに…」というような仮定の話はする気もなくなっている、というものではないでしょうか。

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"僕ももう32でおっさんなので年長者ぶって若い人に言いたいことがあるとすれば「無理をしない」「悪い場所からは早めに逃げろ」ってことかなあ。物事がうまくいかないのは自分の努力が足りないからじゃなくて、その場所が自分に合ってないからかもしれない、っていうのを検討してみてもいいかもしれない。大体僕は努力をしたりつらい思いをして頑張って何かを成し遂げるってのをあまり信じていない。何か偉大なことをやってる人って、大体の場合、歯を食いしばって頑張ってるんじゃなくて、楽しそうにそれをやっているものだから。僕が京大に合格したときだって、友達もいないしすることがないから受験勉強をゲーム感覚で楽しんでやってたら受かったって感じだし。僕の組んだプログラムで好評を博したものも、別に頑張った意識はなくてただただ一人で楽しんで作っていただけだし。うまくいかないとか合わないと思ったら逃げるのも大事。自分の「これは嫌だ」って感覚や直感を押し殺さないようにしよう。嫌なことに関しては精神より身体のほうが敏感なことも多いので、身体感覚に気をつけるのもいいと思う。例えば体を壊すというのは体からの貴重なシグナルなので、しょっちゅう体調を崩しているときは自分の何かを見直してみるべき。"
"すごく主観的な意見を言えば、恥をかける人ってのはすごくかっこいいと思ってて、恥をかくのは年を重ねれば重ねるほど恥ずかしいから、ついつい躊躇してしまうんだけど、少しでも早いうちに恥をかいておかないと、もっともっと恥ずかしい思いをする可能性が高くなるから、思い立ったら恥をかくべきだと思う。 @goryugo"
"大学の専攻は心理学だったんですが、「男の人にエロい写真と自転車の写真を交互に見せると、自転車で興奮するようになる」っていう実験がありました。何に応用するのかよく分からないし、自転車を見る度に興奮する変態にされた被験者がとても可哀想だと思いました。"
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受け入れるとは「好感を持って相手を受け入れる」ことではなく「ああ、あの人はそう考えるのだ」と、感情を交えずに受け止めることなのです。

例えば、人に暴力をふるう人がいたとしたら、その行為の善し悪しや好き嫌いはまず脇に置き、「この人は、人に暴力をふるいたい人なのだ」と受け止めること。受け入れるとはそういうことです。このプロセスで感情的になってはいけません。この点は誤解のないように注意して下さい。

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昔ミュージシャンのスガシカオさんが「やりたいことが見つからないときはとりあえずお金を稼ぐといいと思う。そうしたら、やりたいことが見つかったときに”でもお金がないからすぐにそこに飛び込めない”という状態を回避できる」と言ってたなああ。

スガさんは29歳ぐらいまで普通に会社員をやっていたのだけど、29歳の時に突然「そうだ、ミュージシャンになろう」と思い立って、それまで貯めた貯金で1年間家にこもってひたすら曲を作り続ける、という生活をしたらしい。

お金を稼ぐことだけが目的になってしまったらツマラナイけど、下手に自分探しとかしちゃうよりは、いずれ出会う自分にとってのチャンスに備えてとりあえず稼いどこう、という考え方はある意味正しいな、と思ってます(ので人に相談されたときもそうアドバイスしている)

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会社でめっちゃ忙しいプロジェクトに巻き込まれている人の何人かと飲んだのですが、あ゛ー、それはいわゆるデフレスパイラルですよ、と思ってしまったり。いわゆるデス・マーチ系なプロジェクトにどんどん新人(といっても中途採用の人ですけど)が投入されるという、一番やってはいけないことをやってしまっているのですが、会社の中での泳ぎ方を知らない中途採用の人たちがこういうところに巻き込まれると、ホントに溺れそうになるのですよね;。

で、私が思わず言ってしまったのが、「仕事したら負けでしょう」、という話。
いや、別に仕事するのが悪いこと、みたいな意味じゃないのですが^^、ある上限値を超えて仕事をしてはいけない、という鉄則を守らなくちゃいけない、という話をしたのですね。

どういうことかというと、例えば毎日 8 時間仕事して、残業をさらに 6 時間したとします。それ自体はものすごく頑張ってるよね、という話になるのですが、こういう働き方をしたら負け、なのですよね。もし残業を 6 時間しようとするのであれば、むしろ残業は 4 時間にとどめて、残りの 2 時間は、勉強に充てるか、反省&戦略見直しに充てるべき、だと思うのですよ。

仕事のアウトプットというのは、簡単に言えば、(その人の生産性)×(仕事した時間)。仕事をした時間を増やせば確かに仕事量は増えるのですが、どんなに頑張ったところで一日は 24 時間以上には増えない。だから仕事の時間を単純に増やすだけではリニアにしか仕事量は伸びない。それ以上の仕事をしたい or しなければならない、と思ったときには、生産性の方を高めなくちゃいけないのですよね。

生産性の方はそうそう簡単に増えるものではなくて、地道にコツコツと勉強することによって徐々に培われていくものなのですが、ここを軽視していると、いつまでたっても仕事の総生産量は頭打ち。そのことをもっとはっきりと、強く意識して日々の仕事をこなす必要があると思うのですよね。

ところが社会人になると明確なテストとかがなくなるせいか、勉強に対しての貪欲さが失われる人が多い。むしろ社会人になってからの方が勉強しなくちゃいけないと思うのですが;、そういうことを常日頃から意識しておくことはものすごく重要。なので、仕事したら負けだと思う、のですね。

まあ、プロジェクトには波があるので、場合によっては残業時間を増やす必要がある場合もありますが、常時、残業時間ばっかり増やし続けるっていうのは最悪、みたいな意識を持っておくことは重要ですよねぇ。

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「理解してくれる」を拠点にした好意になんの意味があるだろうか。

分かってくれるから好き。 分かってくれるという安易な依存に取りいっても、どうしようもない気がする。

分かってくれなくても、合い入れなくても好き。そんな好意だって、世の中にはいっぱいある。

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